Vol.4 初めて作った死装束月イチ連載「杉下由美の終活コラム」

Vol.4 初めて作った死装束

  • 左から「陸前高田市 奇跡の一本松」「東日本大震災の追悼式(山形県)」「宮城県 鯉のぼり」

 玄関前の沈丁花が開花して、家に出入りするたびにいい香りがします。

 

 冬が終わり、春の気配をとても感じられてきました。この時期になると思い出すことがあります。

―2011年3月11日の東日本大震災―

 大きな地震の後で、大津波が襲い掛かり、街が流され多くの方が被災されました。この震災の直後は、日本中の人が、いえいえ世界中の人が「私に何か出来ることはないだろうか?」と被災地に心を寄せ、情報を集めていました。私もインターネットの中、自分にできることを探します。その中で、個人のブログが、被災地で必要なモノをリクエストしていたのです。その内容は、具体的で急を要していました。私が情報を見つけた翌日の夕方には、東京を出発して被災地に向かうのです。

 

<必要なものとしてリストアップされていたもの>

・ファンデーション、口紅。サンプルや使わないもの。(割れていても古くてもOK

・櫛やヘアブラシ。ホテルのアメニティでいい(使用済みもOK

70cm四方以上の白い布。真ん中に十字の切込み。頭が通る大きさ。

・きんちゃく袋。靴が1足入れられる程の大きさ

 

 勘のいい方なら すでにお判りだと思いますが、ご遺体の最期を整えるために必要なものだったのです。化粧品も櫛も津波に流されて、避難所にいる方もお化粧ができない状況です。お見送りのために美しく死化粧をしてあげたくても、手元には何もなかったのです。きんちゃく袋は遺骨を入れるためで、骨壺が間に合わない場合には使う状況の様でした。そして、四角い白い布は、死装束になります。

 ご遺体は、遺体袋に入れられていますが、着衣は身元確認の最大の情報になるので脱がされ、そばに置かれていました。ご遺体は裸で遺体袋の中で横たわっていたのです。たくさんの方が、行方不明の家族を探して安置所をめぐっています。その時、袋の口を開けてお顔を確認しようとするときに、肩回りや胸元も裸の状態だったのです。お顔以外が見えないように隠れる布が必要だったのです。

  この情報を見た私は、会社にあった白い布を片っ端から裁断して、真ん中に切込みを入れました。車メーカーのユニフォームのブラウスに使った残り布や ストックしてあったワンピース用の生地、イロイロな案件の白い残り生地をどんどん切っていきました。そして、きんちゃく袋も時間の限りに縫ったのです。翌日はハンドキャリーで指定場所に届け、東北へ届くように頑張りました。

 今思えば、この白い四角い布が私が作った初めての死装束です。まだ、ぼんやりと「いつか死装束のドレスがつくりたいな」と思っていただけの頃でした。このあと「人生を讃える衣装、エピローグドレス光の庭」を立ち上げようと思うのは、この出来事の翌年のことになります。お見送りの気持ちを強く教えていただいた大切な出来事でした。

 

 

<杉下由美氏プロフィール>
ファッションデザイナー歴30有余年を経て、6年前に終の衣装ブランド『エピローグドレス「光の庭」』を立ち上げる。
独特な世界観を活かした葬送の品をもプロデュース。
その取り組みは、各メディアで高く評価され独自の活動に注目が集まる新進気鋭のエピローグドレスデザイナー。
舌鋒鋭く、パーソナリティと発言でも群を抜く個性を発揮している。

 

 

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